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177 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2012/03/25(日) 15:51:27.10 ID:tCG+dNh00
コナン・ドイルはパリの駅前でタクシーを待っていた。
タクシーが前に止まった。
彼はスーツケースを積みこむと自分も乗り込んだ。

運転手に行き先を言おうとすると、運転手が尋ねた。
「どこへ行きますか、ドイルさん?」

ドイルは仰天し、自分を見知っているのかと運転手に尋ねた。
「いいえ、以前にお目にかかったことはありません」

ドイルは不思議に思った。
どうして自分をコナン・ドイルだと思ったのであろう。

運転手はこう答えた。
「貴方がマルセイユで休暇を過ごしていらっしゃるという記事が今朝の朝刊に載っていました」
「このタクシースタンドは、マルセイユから戻ってきた人達がいつも来るところです」
「肌の色を見れば、休暇を過ごしてこられたのは分かります」
「右の人差し指のインクのしみで、作家だろうと思いました」
「洋服はフランス風ではなく如何にも英国人らしいものです」
「これらの情報を総合して、サー・アーサー・コナン・ドイル氏であろうと考えたわけです」

ドイルは感心して言った。
「それは本当に素晴らしいな。君は私が書く作品のシャーロック・ホームズに匹敵するの推理力の持ち主だ」

「それと、もうひとつあるんです」
と運転手は付け加えた。
「なんだい?」

「スーツケースにお名前が書いてあります」

(※実話)

ここでなぜ、我々がむかつくのか考えてみます。

日本の宗教観では、死んだら罪は許されます。逆に「死んで罪を償う」という考え方があります。

しかし安らかに死ねなかった場合、非業の死を遂げた人が悪霊とならないように神社に祀(まつ)ってしまいます。

靖国の戦犯も同じで、「死んだらみな仏」「神として祀るから祟らないでね」との気持ちで祀っているのです。日本人であれば納得のロジックです。

しかし外国人にしてみれば、犯罪者や反逆者を神として「神として祀る」のは信じられないかもしれません。

日本人は自分で気づかないほど、強固で独特な宗教観を持っています。

これはディープな話になるので別の機会で詳しく述べますが、日本人は決して無宗教ではありません。日本人ほぼ全員が山本七平氏が言うところの「日本教」の教徒なのです。

これは外国人と接したり、歴史・文化・宗教について深く考えた人ほど思い当たる節が多いと思います。

日本教には経典がありません。儀式もありません。宗教警察も宗教裁判所もありません。

子供が生まれたときからその「布教」は始まっており、無自覚のまま死んでいきます。

日本人は生活や仕事すべてが宗教的です。

村八分にされるのも、能力や業績で出世が決まらないのも、日本では宗教的態度が一番の問題となるからです。

日本で世界宗教会議が開かれるのは、日本人が無宗教だからではありません。他宗教も矛盾なく受け入れられる強固な宗教なので、問題にならないのです。

「自分たちの独特で強固な宗教観に日本人自身が無自覚」これが第一のポイントです。

人間は階級が自分の器に達したときにエバり始める。課長でエバる奴は課長の器。部長でエバる奴は部長が限界。社長でエバっていない奴は、さらにその会社をデカくしようという野望を持っている。しかし、たいていの人間が小さな権力を振り回したがる。ヒラの器な奴が課長になると無茶苦茶尊大になる。
719043:

モダニズム神社 hachim, hateblo.jp
先月、福井に出張したときのこと。とある寄合に出席していたところ、知人に福井神社にはもう行ったよねと、スマホの写真を見せられながら問われた。これは見ておかねばならない物件だよなあと思い、大いに悩んだ末に寄合を中座して現地に急行した。この神社の建物は全てコンクリートの柱と梁で構成されており、水平と垂直がいちいちビシッと決められている。装飾性はほとんど認められない。大鳥居に至っては、見たことのないプロポーションと形態である。自分の中の神社像を軽々と凌駕してしまい、おろおろと途方に暮れた。こうした…

719043:

モダニズム神社
hachim, hateblo.jp

先月、福井に出張したときのこと。とある寄合に出席していたところ、知人に福井神社にはもう行ったよねと、スマホの写真を見せられながら問われた。これは見ておかねばならない物件だよなあと思い、大いに悩んだ末に寄合を中座して現地に急行した。この神社の建物は全てコンクリートの柱と梁で構成されており、水平と垂直がいちいちビシッと決められている。装飾性はほとんど認められない。大鳥居に至っては、見たことのないプロポーションと形態である。自分の中の神社像を軽々と凌駕してしまい、おろおろと途方に暮れた。こうした…

mcsgsym:

Twitter / @hoshitatsuo: ブッダの言葉とレディーガガの歌詞を並べて門前に飾ると …
ブッダの言葉とレディーガガの歌詞を並べて門前に飾るとは、やるなぁ、新発田市長徳寺

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ブッダの言葉とレディーガガの歌詞を並べて門前に飾るとは、やるなぁ、新発田市長徳寺

以前加藤鷹さんがインタビューで語っていた、「(セックスがうまくなるためには?と聞かれて)とりあえず女性と一緒に食事した時に、食べ終わるタイミングを揃えるようにしてみてください」という言葉に、宮本武蔵的な奥義の世界を垣間見た気がして時々思い出しています。

一方で、精神面ではテツandトモに学ぶことがある。いじけない、だ。

地方営業で彼らが「なんでこんな小さな町でライブしているのか」という気の抜けた雰囲気をかすかにでも漂わせたら、客との一体感は決して得られなかっただろう。僕のように「テツandトモに大満足!」と言いふらす人もいなくなり、別の自治体などから声がかかることも少なくなっていくはずだ。

テツandトモは、いじけるどころか元気いっぱいだった。サービス精神に溢れていた。目の前のお客さんにきっちり向き合うと次につながる可能性が高まることを体験的に知っている人たちだ。その積み重ねによって、地方営業の分野において確固たる地位を得ることができたのだろう。

今日の仕事が自分にとって揺るぎない現実であり主戦場なのだ、と腹にすえて働けるか。唯一無二のプロフェッショナルとして安定的に稼げるようになれるか否かの分かれ道だと思う。

有名な質問である「アタシと仕事どっちが大切なの?」に対し、「お前は無職の俺でも愛してくれるというのか」と答えた人がいると聞き、上手いこと言うなあと思いました。
企業は、キラキラネームは採用しない。人事担当者は「親が自己中、自己顕示欲が強く協調性がないので、子も然り。「名は体を表す」は本当ですよ」と語る